支店ダイアリー

【総合企画】リーダー研修会IN福井

今回は、我々が参加する工務店の会仲間で、福井県福井市に本拠を置く、“住まい工房“にお邪魔をさせて頂き、店長及び工事リーダーとで「研修会」を開催しました。
歴史好きな私が一度は訪れて見たかった場所の一つでしたので少し福井の歴史について触れて見ます。

“福井の歴史”

多くの大名が争いを続けていた戦国時代。
当時の福井は戦国大名・朝倉氏一族の城下町「一乗谷」を中心に栄えていました。
朝倉氏一族が織田信長との戦に破れた後は、信長の部下だった柴田勝家が福井に派遣され、現在の町の原型となる壮大な「北庄城」を築きました。

一向一揆平定後の越前の統治を任されたのが、織田家の重臣である柴田勝家です。
勝家は主君である織田信長にも信頼されており、信長の妹で絶世の美女であったと伝えられるお市の方と夫婦となりました。
信長の死後は羽柴秀吉と実権を争いましたが、賤ヶ岳の戦い(1583年)の敗北によって本拠地・北庄に敗走。
最後は北庄城で妻と共に命を絶ちました。

江戸時代の福井は徳川家と親戚関係にある、越前松平家を藩主とする「福井藩」によって治められました。
藩祖・結城秀康の建設した「福井城」とその城下町は、現在に至るまで福井市の中心街として発展し、街中にはかつての姿をうかがわせる史跡なども残されています。

結城秀康は徳川家康の次男で、幼少期に豊臣秀吉の養子として大坂で過ごし、その後下総(現在の茨城県)の大名・結城晴朝の養子となって結城姓を名乗りました。
関ヶ原の合戦(1600年)で活躍した功績から越前の統治を任され、勇壮な北庄城(のちに福井城と改名)や城下町を建設しました。

この御泉水屋敷(養浩館庭園)が今見るような姿に整備されたのは7代藩主昌明の頃と言われ、藩主別邸として賓客応接等に使われていたそうです。

(養浩館庭園)
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歴代の福井藩主の中でも明君とされている人物が松平春嶽です。
大胆な藩政改革を行い、藩の財政再建に力を振るいました。
また教育・医療などの改革や家柄にこだわらない人材登用などを行ったほか、将軍後継問題でも一橋(徳川慶喜)派の中心人物としても活躍しています。

“福井と言えば永平寺”

「永平寺」は、今から約750年前の寛元2年(1244)、道元禅師によって開創された「日本曹洞宗」の第一道場で出家参禅の道場だそうです。

(永平寺:鐘楼堂はNHK「行く年、来る年」の除夜の鐘)
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あっ・・・研修会の話題に触れとかないと観光に行ったと思われる!

研修初日は10時~18時まで「業務改革工事編・・完全着工」をみっちり研修。
夜は「住まい工房」社長はじめ社員さんとの意見交換(少しお酒を入れて)。
二日目は朝から建物視察研修・・・洗練されたデザイン・コスト面等の研修です。

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そして、最後に少し観光(養浩館庭園・永平寺)!
研修を快く引き受けて頂いた社長様はじめ社員の皆さん「有り難う御座いました」。

帰り、福井駅で地元放送局による生放送に遭遇・・レポーターなかなか可愛いね!

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色々と身に成る視察研修会でした。
参加した店長、工事リーダーがまた一歩前進した事を信じ「研修会レポート?」とします。

●総合企画室 福田

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